旅とは知らない場所へ行くことではない。また、遠くへ行くことでもないだろう。
日々の中に溶け込む未知を体験することもまた、ひとつの旅と言えるのではないだろうか。
長崎市中心部から車で二十分ほど。
茂木地区に昨年開業したホテル『NAGASAKI SEASIDE HOTEL 月と海』に宿泊してきた。
宿食分離をひとつのテーマとし、
宿泊はここで、食事は近隣の提携した割烹などで地場の料理が堪能できる。 宿だけでなく地域そのものに利益をもたらす、とても良い仕組みだと思った。
あいにくこの日は到着が遅かったこともあり飲食店は全て閉店していたが、ホテル一階に併設されたレストラン『波まち食 堂mog』でも食事が可能。
美味しい料理とお酒、楽しい時間を過ごし部屋へと向かう。鍵には月を形どった真鍮の飾りがついていた。 この日はすぐに寝てしまったのだけれど、普段なら時間帯によって海に尾を引く大きな月が窓から見えるのだそうだ。
次の日。夜明けより少し前に起きて目の前の海を目指す。部屋の窓からはすでに柔らかい光が差し込んでいた。
海に着いて間もなく朝陽が昇りはじめ、勝手になんだかとてもありがたい気持ちに包まれる。 僕もとある港町の育ちだが、僕の町では海には夕陽が沈んでいく。海から陽が昇る風景自体、僕にはとても新鮮だった。
このホテルではグッドモーギングという早朝アクティビティが提唱されている。何をやるかは自由だそう。
この日はなんとテントサウナ。近くの砂浜に見事なサウナが設置されていた。
二月にも関わらず短パン一枚でテントの中へ。
昇っていく朝陽をテントの窓から眺めながらたっぷりの汗をかき、そのまま冷たい海の中へ走る。 水も風も普段なら刺すように冷たいのだろう。体の内側から湧き上がる熱のおかげでむしろ心地よいほどだった。
歩道にいくつか置かれたベンチを見つけた。
いつもなら通り過ぎてしまう風景も、椅子があれば立ち止まる。町全体がノス タルジーに包まれたこの場所ならではの仕掛け。
数年前から外コーヒーにはまっている。
キャンプをイメージする人が多いが、慣れた人なら高速道路のSAでもやってしまうそうだ。
外でコーヒーを淹れて飲むだけなのだけれど景色が変わるだけでコーヒーの味わいも多様に変化する。この日のカフェ はここに決めた。
自宅から持ってきた外コーヒーセットを広げ、お湯を沸かす。(特別に許可をもらって火を使用しています)
ゴリゴリとコーヒー豆を挽きながら準備をしているとふらりと友人が現れた。彼もコーヒーを飲むつもりらしい。
二人分のコーヒーを淹れ、一杯ずつ飲んだ。彼と外で会うのも久しぶりだったので、話をしたりコーヒーを飲んだり、時々 言葉をなくしながらゆっくりと長く過ごした。
歩道に置かれたベンチでコーヒーを飲みながら周りを見わたす。目の前は海。時折、小さな漁船が音もなく横切っていく。 一匹の猫が堤防の上を歩いている。空にはトンビが円を描きながら飛んでいた。
これがこの町の日常なのだ。長崎市中心部から二十分ほどで、流れる時間のどれだけ緩やかなことか。
風には少しだけ海の香りが混じり、鼻に残ったコーヒーの香りとひとつになって僕の記憶に刻まれていく。
普段とは違う場所、普段とは違う道具、そして普段とは違う人と味わうコーヒー。
生業にしている僕ですら、その体験の新鮮さに慣れることはない。
朝陽を浴びながら茂木で飲んだコーヒーと過ごした時間もまた、誰かに話したい思い出のひとつとなった。
ホテルに戻ると朝食の時間。そうだ、まだ朝だった。
早朝から活動するグッドモーギングのおかげで1日が長い。 一階のレストランで美味しいサンドイッチを食べてチェックアウト。
さぁ、今日はなにをしようか。