自分で選ばなかった本を、自分で選ばなかった場所で読んだ。それはあまりないことだっ た。 茂木(もぎ)で行う朝のアクティビティ。その魅力を発信するウェブサイトを制作している という旧知の先輩から「茂木に朝日が登る時間帯に、屋外のベンチで本を読む」という体験を通じて感じたことを書いてほしいと言われ、受けた。
朝は苦手だし、本を読む場所を指定されるのも窮屈な感じがする。普段なら、のらりくらりとはぐらかし、断るような話だったが、本の選書をさせていただいた宿泊施設 (NAGASAKI SEASIDE HOTEL 月と海)が主催であり、声をかけてくれたのが人のよい先輩だったこともあり、たまにはこういうのもいいかと出かけてみることにした。
ちょうど同じ頃、鹿児島で働くAちゃんから、本が届いていた。福岡出身の彼女は、長崎の大学に進学し、僕が営む書店にも度々足を運んでくれていた。よく本を読む人で、また、本もよく買ってくれた。就職で鹿児島へ移り住んでからも、実家へ帰省する途中などにわざわざ長崎に立ち寄り、店へ来てくれた。そんなAちゃんから、「ぜひ読んでほしい」という手紙とともに送られてきた本が手元にあり、ふと、茂木にはこの本を持っていこうと思っ た。ちなみに、書名は伏せる。僕と彼女が知っていればいいことだから。
冒頭の”自分で選ばなかった本を、自分で選ばなかった場所で読む”というのはこういうわけだ。本を持ち歩く人ならば、共感してくれる人もいるかと思うが、こういった時、手持ちが1 冊では心許ない。Aちゃんには申し訳ないが、一切手をつけていない見知らぬ本だ、「ちがったな」ということがないとは言い切れない。予備用に、錚々(そうそう)たる執筆陣で、どこから読んでやろうかと楽しみにしていた文學界の2021年2月号(創刊1000号記念の特大 号だった)も、リュックに忍ばせた。結局、この本は読まなかったのだけど。
その日は意外とすんなり起きることができた。案外楽しみにしていたのかもしれない。同じく依頼を受け、朝のコーヒー時間を体験しに来ていたカリオモンズコーヒーロースターの伊藤くんの淹れたコーヒーをいただきながら、ベンチで本を開いた。とはいえ、その様子を撮影するスタッフの方などがいる中で、集中して本を読めるはずもない。撮影が終わってからも伊藤くんと盛り上がり、そのまま昼ごはんを食べに行ったのだった(ふぐだしのうどんが美味しかった)。帰路の車中で、しかしハッとした。ほとんど読書をしていない、これでは書けないと思っ た。Uターンして茂木に戻り、本を開いた。告白すると、読んだのはベンチではなく車中、 すでに昼だった。それにしても、よく読めた。
海岸沿いに車を停めて、窓を全開にしていた。車内に吹き込んでくる風の向きが変わるたびに潮の匂いと草の匂いが入れ替わった。ふと顔をあげると、芝犬と散歩中のおばあちゃんがいたり、ぼーっとタバコをふかすおじちゃんがいた。穏やかだった。その穏やかさに目がほぐれ、再び本の世界にもどる。そんなことを繰り返しながらしばらく過ごし、そろそろ戻らねば自店の開店に間に合わない時間となった。もう少し読んでいたかった。
気が向いたら、もう一度、朝の茂木に出かけようと思う。その時は、自分で選んだ本を、 自分で選んだ場所(あのベンチ)で読むことにする。
【朝読書】再訪したい場所
2021/03/11
書いた人:
ひとやすみ書店 城下 康明
ひとやすみ書店 城下 康明
ひとやすみ書店店主。今年の目標は早寝早起きです。去年の目標は早寝早起きでした。一昨年の目標も早寝早起きでした。
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Instagram : https://www.instagram.com/hitoyasumi_bookstore/?hl=ja
詳細情報
NAGASAKI SEASIDE HOTEL 月と海の床座ラウンジでは、ひとやすみ書店 城下さんによる選書を読むことができます。
おすすめ時間 | 日の出〜12時 |
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おすすめ場所 | 月と海のお部屋 / 月と海周辺のベンチ |